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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)2735号 判決 1968年7月18日

原告

石坂英吉

ほか一名

被告

吉田興業株式会社

ほか一名

主文

被告吉田興業株式会社は原告らに対し各金一、八〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告吉田興業株式会社に対するその余の請求および被告吉田一男に対する請求を棄却する。

訴訟費用中、原告らと被告吉田興業株式会社との間に生じたものはこれを二分しその一を被告吉田興業株式会社の負担、その余を原告らの負担とし、原告らと被告吉田一男との間に生じたものは原告らの負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり、仮りに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは各自原告らに対し各金三、三八五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、請求原因および抗弁に対する答弁としてつぎのとおり述べた。

「一、昭和三八年四月一日午前一〇時五〇分頃、東京都足立区大谷田町六二九番地先道路上において四ツ家町方面から飯塚橋方面に向い東進中の訴外河野純徳運転の大型貨物四輪自動車(ダンプカー、足一は六九一四号、以下被告車という。)と子供用足踏自転車(以下自転車という。)を運転して飯塚橋方面から四ツ家町方面に向い対向西進中の訴外石坂英一とがすれ違いの際接触し、英一は路上に転倒して頭蓋内損傷、頸椎骨折等の傷害により約三時間の後死亡するに至つた。

二、被告吉田一男は被告車の所有者であり、また被告会社は被告車に使用権を有してこれを使用していたものであつて、いずれも被告車を自己のために運行の用に供する者であつた。

三、よつて被告らは第一項記載の事故によつて生じた損害を賠償すべき義務あるところ、損害はつぎのとおりである。

(一)  英一のうべかりし利益の喪失

英一は昭和二六年六月七日生れ(事故当時一一年九月)の健康な男子であつたから、もし事故にあわなければ同年令者の平均余命五六年程度の余命があり、中学卒業予定時の翌月である昭和四二年四月から満五五才に達する直前の昭和八一年三月まで三九年間稼働し収入を挙げえたはずであつたところ、本件事故にあつたためこれを失つた。その額は中学卒業者の東京都における初任給月額金一〇、四〇〇円を基礎としこれに毎年二回月額と同額の賞与を取得できるものとし、さらに毎年一回金一、〇〇〇円の昇給があるとして計算した総収入から右収入をうるために必要な支出として一五才から三二才までは月額金一四、〇〇〇円、三三才から三六才までは月額金一四、二五〇円、三七才から四一才までは月額金一四、五〇〇円、四二才から四六才までは月額金一四、七五〇円、四七才以降は月額金一五、〇〇〇円を各差引いた残額に相当し、これからホフマン式計算法により年毎に年五分の割合による中間利息を控除した、昭和四一年三月末日現在のその価額は金四、一七〇、〇〇〇円である。

原告らは英一の父母であつて英一の死亡によりその相続人として各二分の一の相続分をもつて英一の有する右逸失利益による損害賠償請求権を承継したから、各の有する権利は金二、〇八五、〇〇〇円である。

(二)  原告らは英一の死亡により多大の精神的苦痛を蒙つたが、その慰藉料としては各金一、三〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

四、以上により原告らは被告ら各自に対し前項(一)、(二)の合計各金三、三八五、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四一年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五、被告らの抗弁事実中、本件事故発生場所および付近の道路状況に関する部分は認め、その余はすべて否認する。河野が英一を発見したのはその約一二米手前というのであるから、その前方不注視は明らかであり、しかも道路状況は中心付近が舗装されていたとはいえ不整であり、未舗装部分があつたり、砂利が散らばつていたりしていたから、河野としては最大限の注意を払うべく、しかも児童である英一がふらふら運転をしていることを認めているのであるから、一時停止して英一が被告車の右側方を通り抜けるのを待つて発進すべきであつたのにこれを怠り、漫然時速約二〇キロで進行した過失があり、これによつて本件事故を惹起させたというべきである。」

被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁および抗弁として、つぎのとおり述べた。

「一、請求原因第一項の事実を認める。たゞし自転車は大人用である。

二、同第二項中、被告会社が被告車の運行供用者であつたことは認めるが、その余は否認する。被告車の所有者は訴外吉田二三男であつた。

三、同第三項中、原告らが英一の父母であることは認める。その余は不知。

四、抗弁

(一)  本件事故は英一の過夫のみによつて発生したものであつて、運転者の河野にも被告らにも過失は存しなかつた。また被告車には構造上の欠陥も機能の障害も存しなかつた。

本件事故現場は幅員約一〇米、歩車道の区別のないアスフアルト舗装道路であるが、当時片側(南側、飯塚橋に向つて右側)は水道管埋設工事直後の埋め戻しのため三〇米位にわたり通行を禁止されて道路北側のみが通行を許され、車両は片側通行個所への出入口にあたる東側飯塚橋袂と西側東武バス車庫手前とに一人宛配置された交通整理のための係員の合図に従い東行、西行交互に一方通行により進行していた。河野は被告車を運転して片側通行個所西端に至り一時停車して対向車両の通過し終るのを待つた上、係員の指示の下、対向車両のないことを確認して発進し、時速約一五ないし二〇キロで進行した。同所付近は飯塚橋に向つて相当の上り勾配(約五ないし一〇度)であり、かつ道路の北端(被告車から見て左側)約一米幅は非舗装でその余の部分にもアスフアルトの剥離した個所が処々にあつたので、道路の通行可能な片側のほぼ中央付近を、危険を感ずれば直ちに停車しうる程度の徐行運転をしていた。英一は道路の工事区間右側に沿つた村越自転車店から道路に出て交通規制(当時は東行車の一方通行)を無視し、自転車に乗つて道路の中央よりやや南側を下り傾斜を利して相当の速度で東方から西方へ走行し、しかも自転車は大人用で英一にとつてはやや大き過ぎるためサドルから腰を浮かしながらペダルを踏む方法で運転したのでハンドルが左右に揺れ車体自体も安定を欠いたふらふら運転の状態であつた。河野はこのようにして対向進行してくる英一を前方約一二ないし一三米の地点に発見したが、双方がそのまま直進すれば横約一米の間隔をおいてすれ違うことができると予想されたのでそのまま直進を継続し、被告車の前部が自転車とすれ違う際は相互に十分安全と認むべき相当の間隔を保つていたのであるが、その直後英一は前記ふらふら運転と道路埋め戻しのため敷かれた砂利に車輪をとられ、ハンドル操作の自由を失つた結果みずから自転車を被告車右側面に接触させ、転倒するに至つたのである。

したがつて右の事故発生については河野には何らの過失がないのに対し、英一には操作に馴れない大人用の自転車に乗り交通整理係員の指示を無視し、しかも道路状況が悪いのに相当以上の速度を出して自転車を運転し、あえて被告車の傍をすれ違おうとした過失がある。

(二)  仮りに被告らに何らかの責任があると認められたとしても、英一には前記のような過失があり、また原告らにも英一の両親として十分の交通教育をなすべき注意義務があるのに、これを怠つた過失があるので、過失相殺を主張する。」

〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因第一項の事実は、当事者間に争いない。(なお〔証拠略〕によれは、自転車は大人用小型のものであつたことが認められる。)

二、被告会社が被告車の運行供用者であつたことは、当事者間に争いがない。被告吉田一男が被告車の所有者であつて、その運行供用者であつたとのことはこれを認めるべき証拠がない。

三、よつて被告会社の抗弁について判断する。

本件事故現場付近の道路状況が、被告ら主張どおりであることについては、当事者間に争いがない。〔証拠略〕を総合すれば、河野は被告車を運転して四ツ家町方面から飯塚橋方面に向い東進し、本件道路片側通行(係員の合図に従い東行、西行交互に一方通行)個所の西側出入口にさしかかり、同所において交通整理をしていた係員の合図に従い片側通行部に進入した。この片側通行可能な部分の幅員は約五・三米でその南寄り部分(被告車から見て右側)の幅員約三・四米は一応舗装されていたが処々舗装が剥離し、北寄り部分(被告車から見て左側)幅員一・九米は舗装されていず、しかも道路全般に道路工事のためか小石が転々としているというような道路状況であつた。河野は道路中央部付近を時速約二〇キロ位で進行したのであるが、対向して自転車に乗つて進行してくる英一を約一二米位前方に発見し、しかも英一がサドルに腰を下さず立つたままでペクルを踏んで、やや左右に揺れながら運転しているのに気付き危険を感じながら、そのまま減速もせず、ハンドル操作をすることもなく進行し、被告車前部が自転車とやや間隔をおいてすれ違つた直後本件事故が発生したことが認められる。

以上の事実によれば、河野としては道路状況および英一の自転車の運転状況から考え、英一とのすれ違いの際、これとの接触の危険を避けるためあらかじめ今少し左に寄つてすれ違うか、もしくは一旦停車し同人が無事被告車側方を通過してから発進するかいずれにせよ事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを怠つた過失があり、これによつて本件事故を惹起させたというべきである。そうとすれば、その余の点を判断するまでもなく、被告会社の免責の抗弁は理由がない。

しかし他方被害者たる英一にも前示のように当時事故現場の片側通行部は交通整理係員の指示により東行の車両のための一方通行になつていたのに、あえて自転車に乗車して西行し、しかも道路状況が悪く、下り傾斜であつて自転車が左右に揺れるような状態で走行しているところへ被告車が道路中央を対向進行してきたのであるから一旦下車するとか、あるいはそのまま進行を続けるとすれば、さらに減速し、かつ左に寄つて被告車とのすれ違いの際多少よろめいてもこれと接触したりすることのないよう注意すべきであるのにこれを怠り、そのまま進行した過失があり、これも本件事故発生の一因となつたと認めることができる。

よつて被告会社が賠償すべき損害額の算定につき英一の右過失を斟酌すべく、双方の過失の割合はおよそ英一四、河野六と認めるのが相当である。

なお原告らに監護教育上の過失があつたとのことは、これを認めるに足る証拠が存しない。

四、つぎに損害について判断する。

(一)  英一のうべかりし利益

〔証拠略〕によれば、英一は昭和二六年六月七日生れ(事故当時一一才)の健康な男子で当時小学五年生、学校の成績は中の上位であつたことが認められる。よつて英一の中学卒業予定時の翌月である昭和四二年四月から満五五才に達する直前の昭和八一年三月までの三九年間につき、〔証拠略〕によつて認められる東京都所在中小企業における一般男子職員の平均賃金一か月金二〇、〇〇〇円ないし金三〇、〇〇〇円および男子労務員の平均賃金一か月金二〇、〇〇〇円ないし金二七、〇〇〇円により算出することのできる一か月金二四、〇〇〇円から右収入をうるに必要な費用としてその二分の一を控除した残金一か月金一二、〇〇〇円の割合による純益総額を基準としてホフマン式( 毎)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して求めた昭和四一年三月末日現在の一時払額金二、九七〇、〇〇〇円(金一〇、〇〇〇円未満切捨て)をもつて英一のうべかりし利益の喪失による損害額とすべく、これに前示英一の過失を斟酌すると、被告らの賠償すべき損害額はそのうちの金一、八〇〇、〇〇〇円とするのを相当とするところ、原告らは英一の父母であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると原告らが英一の死亡によりその相続人として英一の有する賠償請求権を二分の一宛の相続分をもつて承継したと認められるから原告らは被告会社に対し各金九〇〇、〇〇〇円の権利を有することとなる。

(二)  英一の死亡により父母たる原告らが多大の精神的苦痛を蒙つたことは、たやすく推認されるところであり、その慰藉料としては本件にあらわれたすべての事情を考え、なお英一の前示過失をも斟酌するときは、原告ら各につき金九〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのを相当とすると認められる。

五、よつて原告らの請求中、被告会社に対し各前項(一)、(二)の合計金一、八〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和四一年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、求める部分を正当として認容し、被告会社に対するその余の請求および被告吉田一男に対する請求を理由なしとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進)

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